Cuddle Column
既婚者向け総合メディア Cuddle Place (カドル プレイス)とは

室町ロマンスのぞき見ツアー

2025.05.20

足利将軍家の寵妾争い、義政と富子の夫婦バトル、寺社で相次ぐ密通事件。公家日記が暴く室町ロマンスの裏側を、雅と権力が交差する恋のドラマとしてたっぷり案内します。

――足利将軍家と寺社がからんだ恋バナの深い沼

将軍のお屋敷は恋のサロン

室町幕府の将軍たちは、きらびやかな宮廷文化にほれ込んでいた。三代義満は自邸を「花の御所」と名づけ、金屏風と香炉のあいだで連歌、闘茶、能の夜会を開催。猿楽師の世阿弥を厚遇し、美少年の小姓に笛と和歌を仕込んで随身させる姿は、まさにロマンスメーカー。

正妻は摂関家クラスの“格式18金”だが、将軍の心をさらうのは教養や芸で輝く女性たち。義満は富裕町衆の娘を見初めて側室に迎えたとも伝わるし、男色のパトロンでもあった。彼の時代、恋は性別も身分も飛び越える柔軟さを帯びはじめる。

四代義持、六代義教、七代義勝と将軍が交替しても、恋のサロン文化は健在。和歌の達人・公家の姫君、舞の名手・地下官人、容貌麗しい僧侶が入り混じり、御所の回廊は甘い噂で満ちていた。

寵妾争いの舞台

将軍家には正妻・側室・愛妾・小姓という多層的ロマンス構造がある。正妻が産む嫡男こそ本命だが、側室の子にも将軍候補のチャンスは残されている。だから御所女房のサークルは熾烈。今日は誰が夜伽を命じられた、あの新参者が殿の枕元で琴を奏でた——そんな日記の断片が、はるか後世の私たちまでドキドキさせる。

一条兼良の書き留めた記事によれば、殿中で贈り物を渡しただけで「新寵」と噂が立ち、翌朝には女房部屋で香袋が引き裂かれる騒ぎ。恋愛も情報戦も同時進行だ。


義政と富子、すれ違い夫婦の大炎上

八代将軍・足利義政は、風雅を愛する芸術家タイプ。東山殿や銀閣寺を造営し、唐物茶道や東山御物(美術コレクション)に資金をつぎ込んだ。一方、政治の根回しは苦手。

富子の台頭

正室の日野富子は豪商とも結びつく財テクの達人。将軍家の収入源である土倉・酒屋役の利権も管理し、夫の“趣味の出費”に目を光らせた。義政が能役者に豪華な衣装をぽんと下賜すると、富子は即座に帳簿を確認し、蔵から金銀を差し引く。将軍夫人でありながら会計監査人——これが富子の政治術である。

もう一人の将軍候補

当初、富子は男子に恵まれず側室所生の義視を後継に据えた。しかし九年目に待望の実子義尚を出産。ここから義視派と義尚派の対立が爆発。富子は娘婿にあたる大名たちを動員し、義尚を将軍に推す道を切り開く。それを阻もうとする管領細川勝元が掲げたのが義視。両派が武力衝突へ向かい、やがて応仁の乱へ——夫婦ゲンカが幕府全体を巻き込み、まさに国難へと転がっていった。

側室屋敷の切なさ

義政は、正室屋敷から通り一本隔てた場所に愛妾屋敷を設けたという。側室の一人、今参局は幼少の義尚を熱心に守り、富子から「次の大殿の乳母」として信頼を得る一方、義政への恋心にも揺れた。屋敷には富子の監視役が常駐し、夜の動きが逐一報告されたともささやかれる。愛されているのに自由がない——側室の胸に積もった切なさは想像に難くない。


北山と東山に潜む禁断の逢瀬

禅寺の高僧と公家の姫。神社権門の若者と武家の妻。聖域であるはずの寺社こそ、恋の火種がくすぶる場所だった。

五山僧と貴族女性

京都五山の禅院は書院造りの美しい庭と静寂を誇り、和歌や書を学びたい貴族女性たちがお忍びで通った。講席で交わされる風雅な対話は、やがて私語となり、恋文に変わる。密通が明るみに出れば、僧は還俗または遠国へ配流。女性は出家のうえ、数年間は都落ち。公家日記には「ある夜、僧が姫君の牛車に添い乗りして京を出た」と赤裸々に書かれ、翌日に“処分済”の朱書きが追記されている。

神社と武士の妻

南都北嶺の神社社家は政治力も高かった。神主の跡取り息子が在京武家の妻と駆け落ちした事件では、幕府奉行が社家の所領を停止。妻の実家は面目を失い、夫は「妻敵討ち」を準備する。恋が一族を滅ぼすと知りつつ、二人は山里に潜み、やがて修羅の末路をたどった。こうした惨事は御伽草子や軍記物の素材として語り継がれ、恋と因果の怖さを世に知らせる教訓となった。

稚児愛の光と影

寺社社会では稚児(ちご)と呼ばれる少年との恋愛も盛んだった。僧侶が保護者として育てた美少年に衣装を贈り、和歌を交わす様子は「寺院の華」と称賛される一方、行き過ぎれば還俗や追放のリスク。東山のある寺では、稚児をめぐる僧同士の争いが殺人沙汰に発展し、幕府が介入した記録も残る。恋が壊すのは寺の格式だけではなかった。


正妻VS側室――身分の壁と愛の距離

武家の婚姻は家の未来を背負った政治装置。正妻は本家の象徴として、嫁ぎ先の家格にふさわしい出自を求められた。日野富子や今参局のように、財力や人脈を駆使して正妻と側室が共闘した例もあるが、多くの場合は利害が対立する。

正妻の勝ち筋

・嫡男を産む
・実家の軍勢と財力を動員できる
・幕府官職の任免に口出しできる

側室のワンチャン

・男子を出産し正妻が子を失ったときに“繰り上げ”
・芸能や文化で将軍の信頼をつかむ
・他家との縁戚関係を広げ、政治カードとして浮上

ただし側室がどれほど愛されても、正妻の家格を超えることはほぼ不可能。だからこそ、密かに産屋へ通い、上棟札に子の名が記される日を待ちわびた。


公家日記は週刊ゴシップ誌

宮中の公家たちは、将軍邸での出来事や寺社のスキャンダルを細かく書き留めた。日記をつけることが官人の習慣だったためだが、その筆致は意外と辛辣。

  • 看聞御記
    • 武勇派の細川持之が御所の女房と密通したと噂され、翌日には将軍の怒りを買って蟄居。書き手は「噂之事実否知不」としつつ、「世上賑々敷」と括るあたり、半ば面白がっている。
  • 鹿苑日録
    • 将軍の茶会に呼ばれた美童が殿中で諍いを起こし、袖を引き裂かれた事件を記載。茶会というハレの場での痴情沙汰は面白おかしく噂され、翌日には町衆の酒席で話題沸騰。
  • 大乗院寺社雑事記
    • 興福寺門跡の密通疑惑が立ち、奉行人が夜中に塔頭を抜き打ち検査。箪笥の裏から恋文が出てきた顛末が、これでもかと詳細に残されている。

日記は公的記録でありながら、読み手を意識した“記事風”の書き方が多い。つまり当時の貴族は、恋バナを半分は娯楽として楽しんでいたのだ。


まとめ

室町〜南北朝期は、公家の雅びと武家のリアリズムが交差し、恋が政治と芸術を動かす引き金だった。将軍家では正妻と側室が家督をめぐって火花を散らし、寺社では僧侶と貴族女性が禁断の愛に溺れた。公家日記はその熱を克明に写し取り、ひそかな想いと権力闘争の絡み合いを今に伝える。名もなき妾宅で交わされた恋文、銀閣の月下で舞った能の一節、深夜の寺で交わされた秘めごと——それぞれが人の心を照らし、そして焼いた。室町ロマンスの沼は深く、覗けば覗くほど、その奥底で燃える感情の熱さに驚かされる。

いやもう、推しカプの尊さと修羅場が同時多発って感じで胸がギュンギュン。タイムスリップできたら銀閣の茶会に潜入して、生のゴシップ聞き耳立てたい!

他のコラムを読む

Related Articles
鎌倉武士の恋と権力――頼朝・政子夫婦と北条一族の婚姻事情

鎌倉武士の恋と権力――頼朝・政子夫婦と北条一族の婚姻事情

日本史上初の不倫事件:允恭天皇と弟姫の物語

日本史上初の不倫事件:允恭天皇と弟姫の物語

平安時代の恋愛と不倫事情

平安時代の恋愛と不倫事情

戦国時代の結婚と恋愛事情を現代と比較してみた

戦国時代の結婚と恋愛事情を現代と比較してみた

既婚者専用マッチングアプリ

Cuddle(カドル)
既婚者専用マッチングアプリCuddle(カドル)とは
マッチングアプリ「Cuddle(カドル)」は、結婚後も異性の友達・セカンドパートナーを簡単に探せる既婚者専用サービスです。
AIが自動でオススメのお相手を提案してくれます。
いますぐ使ってみる